前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

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死なさじな海鼠が生きてゐるやうに

M36


妻が、母の病篤き報であたふたと出立した時の碧梧桐の作品。散文的に書くなら

死なせたくないよ(死なさないよ)。ナマコが生きているように。

になるように、あるがままある述懐だろう。
この述懐を説明することはたいへんむつかしい。
「ナマコが生きているように」には、ナマコの死んでいるか生きているかわからない状況を表現しているといえるが、どちらでも生きている、あるいは、どのような死でも、生きているものと認めるような、精神状況の混沌が意味されているかも知れない。

短詩としてこの句が書けたことに、碧梧桐の生き方も告白されている。事実、生死を問わないような生き方が碧梧桐にはあった。
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