前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

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里の犬上りて吠ゆる茶山かな

M39

碧梧桐が悩みを持ち始めたのは、

明治三十八、九年頃で、余り多きに過ぐる類句―ほぼ同じ程度の心境に立って、ほぼ同じ程度の文字の技巧に囚われたもの。(「二十年間の迷妄」)

にある。当時の作品は、

同一感激、同一興味、同一刺激の中をぐるぐるめぐりをして、永久の生命の生まれよう道理はない。(同)

ことにも気付いていたといえる。

自己表現の芸術の要諦に立って、我が個性を純化する要求に兆していた。一言にして言えば真を求める心。(同)

これは時代の俗(自由律)にかえる直前の作。碧梧桐が書いた詩には、従前的な美も、またしっかり把握されていたといえよう。里の犬という着想がよい。上って吠えているところが茶山なのもいい。日本の自然美が大きく、あたたかく認識されていたのである。
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