前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

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並び居て蛙のやうな顔があり

M39

詩というものがあったとして、それが日本のようにすでに詩形が絶対的なものとされている場所では、素直なあるがままの私小説的な表現が、新鮮な驚きとして見直される関係もあったろう。
この何でもない蛙のような顔、今風にいえばマンガチックなとらえ方が、感覚的には笑いをともなった俗としてあったのだ。
蛙ととらえた人の顔は、この作品以降、短歌、俳句、川柳でも多く見られたが、やはり文体をどう変化させるかの情念の中に胎芽があったことを認識しなければならない。
要は、真似ることではなく夢を希求する情念の問題―。
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