前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

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谷深うまこと一人や漆掻き

M38

私が碧梧桐の漆掻きを読んだ時、昭和の俳句を眼前に見たような錯覚があった。もっとも当時の俳句定型(昭和30年頃はだらけきっていて、碧梧桐に及ぶものではなかった。実は私も、五七五を書いてみたが、アホな大人のすることかと思った。)その虚偽的な不誠実さがどうしようもないものだった。吉本は五七五、七七そのものが意味であり価値と言ったがリズム五七五も、そのしらべのみ価値があると言い換えていいのだ。リズムをもたらした必然はあるとしても、それを必要とする内的、現実的充実がないのである。
碧梧桐は明治38年頃にいったんリズムを格調的に高めながらも、散文的発想、自由律といわれた傾向になるが、ここに、作家的な葛藤をみることできよう。
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