前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

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大名の炉開き歌に似たりけり

M27

大名の炉開に似ている和歌というのは、当然ながら変化なく継承された短歌もふくまれている。大名は今ないのだから、その場で開いた炉開きは、人々に情緒として存在するとしても、死語化したものと考える方が正しいだろう。
この作品、実は私が少年時代に読んで、大笑いした作品なのだ。
正岡子規は「三たび歌よみに与ふる書」(M31)で、

歌よみの如く馬鹿なのんきなものはまたと無き候。歌よみは歌より外のものは何も知らぬ故に、歌が一番善きやうに自惚候。

と書いている。歌人は見せかけだけを重視した馬鹿者達。死語をもちいて、その見えてない人を大馬鹿者と否定したのである。
詩は、時代時代の表現としてある。グローバル化しつつある時代であるなら、この事実を、この作品のように深く問いただす方が必然―。
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