前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

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丘の上やちよと海を見て風薫る

多分、こうした傾向を、詩文と地文との関係で問い直すことも必要だろう。
「ひとり旅の記」が示唆するのは、現代的には「ちょっと海を見て」あたりの、口語話しコトバが表現としてあらわれ出たことだ。
例えば、この日記の散文、旧套的な地文といったものからいうなら、これらのコトバが現実に刺激的にあらわれ出るものだったことだ。
地の散文と違ってい、詩に飛躍があって当然であって、詩作品は、むしろ、新鮮なまでに別物でなければならない。この関係が、以降日本では、完全に見失われている。
地文(散文)に埋まってしまう古くさい詩を尊重するなど、もってのほかとしなければならないのだが…。
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