前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

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来空評「はらしめしちょうはみてる」

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はらしめしちょうはみてる (狸人)

原っぱを占めた蝶?腹を締めた腸?
どっちで読んでも、どのように解釈してもよいのだ。ポエムのコトバは、散文ではなくて韻文だから…。
ポエムはイメージも意味も拡大する。
ここを日常において、腹を締めた市長が、何をみたか、と感覚することもよいことなのである。
このようにポエムのコトバが、むしろチミモウリョウ側にあるとするとき、そこに高揚された現実感、リアリティがある。
現実で、かえって、イキイキとよみがえるものが、ポエム。散文の力だから…。
芭蕉の「古池」が「古い池」ならば、古い時代を充分にとらえて、新しい夢におきかえたところに、ポエムがあったように、私 蝶を見て行く必然が現実ではないか。

(2013/2/22)
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