前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

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詩の教室 六月レポート

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●「リトルポエム」のご案内

テーマは「詩の朗読と実作」。
来空ならではの、独特な世界を読み上げます。
フレッシュな十代の作品から、回文あり、おおらかな愛あり、労働歌あり、痛烈な社会批判あり。
おなかを抱えるパフォーマンスです。だまされたと思って一度きてみてください。

日時:【7月】7月16日(水)18:30-20:30
    【8月】8月2日(土)14:30-16:30
場所:小金井市前原暫定集会施設
講師:来空
受講料:会場費実費

ご参加お待ちしています!

お申し込みはこちらから!↓
(「リトルポエム」のところまでスクロールしてください。)
http://www.koganei-cs.org/culture.html
当日飛び入り参加も大歓迎。

地図
http://www.koganei-cs.org/map.html

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六月の作品 来空評

・鯨たち僕たち鳥ダヨネー  (来空)

 鯨たちがしゃべってる。同じように会話してるよね。
 「鯨」は「籤」でも、「たち」は「立ち」(鯨が立ってる)でも、「僕」は「しもべ」でもある。
 内部ではそういうものも働いている。


・坊主タクワン コロコロしたり  (桂久爾)

 沢庵和尚が殺したとも読めるね。
 殺したのかもわからんね。


・タマテラコッタクワンボンズ  (桂久爾)

・ししてんてんひびきしらかみ  (桂久爾)

 神様のことだろう。そういう風になれればいいよなあ。
 「しらかみ」は「しらなみ」の方が自然に入ってくる。
 生き物が響き合ってること自体が神をうたっていることになる。


・うつむきぬ鳥とりどり流れた  (桂久爾)

 「うつむいた」でいいんじゃない?

・子のゆび音楽  (桂久爾)

 子どもの指は音楽だよなあ。

・絵の中の鳥が飛び立つ日はあるか  (浩)

 非常に説明的で冒険がない。
 「絵の鳥が飛び立つ」の方が新鮮。


・沢庵に違和を感じる我が舌に違和を感ず  (浩)

 驚きがない。
 「沢庵舌を感ず」ではどうか。


・鳥の喩となる自由はあるか  (浩)

 「鳥の喩」というのは面白いね。

・沢庵をつくる和尚の悟りは何か  (浩)

 変えるとしたら「沢庵和尚が沢庵」。

・ただくうおたくワンダフル  (苑芭篠木)

 この作者に、現代・現実に生きてる証明が常にある。
 通り魔の事件ありましたね。
 純粋であればあるほど追いつめられていく。
 行き場のなくなった人にとって、監獄はただで飯が食えるところでもあるのよ
 (「ただくう」=「ただ食う」)。
 そういう事件だけで食っていけるメディアとの隔たりがある。


 「ただくう」には、ただただ虚しいという意味も含んだ。by苑芭篠木

・ニャンとなくマサカさる  (苑芭篠木)

 冒険がある。

・うかないとり  (波丸鴨)

 好きな句。

・カワケワケアリ タクワン ワラウ  (波丸鴨)

・ニギレ ウナギ ツカメ タクワン  (波丸鴨)

 タクワンは沢庵にしちゃった方が面白いことは面白い。

・コツコツコツコツトリノシゴト  (波丸鴨)

 これ面白い。もう少し燃えてほしいな
 カーーーーッと燃えてほしい。


・カナ悪いタクワン  (またこ)

 日本語、ひらがなで書いてる良さがわかってない奴らばっかりだもんな。

・くいちらかしい鳥  (またこ)

 面白いね。食い散らかしいなんて新しい。
 もっといい句になる。


・平和なわい、屁<回文>  (蕪無)

 これ大好き。「わい」は「Y」にしちゃおう!
 平和なY、屁
 人間から屁が出てくる。


・ゆめゆいねむをぬらしゃんせ  (蕪無)

 「ゆい」がなんとかならんかなあ。
 「ゆめねむりをぬらしゃんせ」


・しがらみつんつくスケスケジジィ  (蕪無)

 僕のこと詠ったな。
 もちょっとやってください、もっとよくなる。


・天ヘマ かまへんで<回文>  (蕪無)

 大好き。この句もいいよ?。
 天もヘマすんのよ。だからこそ地球がビッグバン。


・歯がなる タクワン (R)

 歯とタクワンの関係が直接的。
 動かしていった方が面白くなる。
 例えば「葉がなるタクワン」。意味不明で面白い。
 もし「歯」を使うなら「歯がなる沢庵」の方が。
 お、沢庵がなんか言ってるな、と。


・トリニク トリニク トリニク  (R)

 どうにでも読める面白いところがあって。
 繋げたところに屈折(葛藤)が出てくる。
 トリニク ニクドリ・・・もっと面白くなる。


・てっぺんひらいた山(たくあん)いただいた  (来空)

・辿っていく糸玉のなか極彩色  (みみ)

 素直ないい句。

総評

詩というものは相手に説明するものじゃない。謎かけ。
声調や文体が無限に働くんですよ。


「日本語の文体」by来空 レジュメより

「日本語の世界」「日本語のリズム」をどう見たかが、そのままその人の表現(詩の文体)となるのが、今回のテーマ。

前回まで、意外に大ウケしたのは、中村烏堂の言った「意味はなく、文化音の規範をうけてない幼児の元始一音は絶対音(霊・神話)」(『原始日本語』)の説明時に、あるマジシャンが大きな水槽の水の上に張った紙の上を歩いて渡るという実演で、続いて紙の上をあるいた人はたちまち落ちた。という話。

その例をあげ、先人の歩いたあとはダメ。水の上に浮いているコトバ、一音一音を、自分の感性でとり込み、組み合わせ、文体化して行く、つまり伝統、習慣、常識と葛藤しつつ、新しい空気をとりこんで、今までになかったコトバの輝きを創り出す、時代とともに新鮮に目覚める感覚が詩。といったところ。

詩に目覚めた人は、日本では松尾芭蕉と河東碧梧桐のみといっていいようです。芭蕉は、

・乾坤の変は風雅のたね(三冊子)
・高く心を悟りて俗に帰るべし
・俳諧の益は俗語を正す
・新シミハ俳諧ノ花ナリ
・きのふの我に飽べし(俳諧無門関)
・古人の跡をもとめず、古人の求めたる所をもとめよ(韻塞)

と言いました。碧梧桐は詩の堕落を、

・偉大なる理想を有せざる人
・社会的名誉と地位を得ようとする人

と言い、

・環境を見ない盲者、環境に聞かない聾者ばかり。
・芸術の革命は、つねに古代の元始的芸術に還元すること。

と、百年前に宣言しているのだ。

コトバ一音一音を自分の感性でとり込み、組み合わせ、文体化すること、伝統・習慣・常識と葛藤するということが、文体そのものを作り出すという関係。そこでコトバは輝くのでした。

例えば文体のもつ構造要素は、よく言われる起→承→転→結。
これは起→承転→結で、リズムも前提→契機→認識 といってよいもの。ここに芭蕉のいう不易流行がある。
こうして示されたものは、すでにあるもの「雅」に対して、これからあらわれる「俗」の関係。
この七・七・七音リズムは四x六の二十四拍構造。

で、その変遷史は、

五・七・五・七・七=一つのコモリの詩形<和歌的美意識>=談林時代・・・芭蕉
→(継承)→(解体)→五・七・五=一つのコモリの詩形<俳句的美意識>・・・芭蕉
→(継承)→(解体)→短詩=新傾向・自由律を経て一つのコモリの詩形・・・碧梧桐
その「俗」=「流行」にかかわる文体自体、不易になること。
すでに獲得されている、前提→契機(葛藤)→認識があり、
その認識から出た前提→契機(葛藤)→認識がこれから獲得するものとなる。

しかし、このように説けても、それに従うことではない。現実をコトバ一音一音とともに輝かせ、自然にとらえ直す。自分はこう見たという表現をつよめることが現代の詩ということになる。

幼児発音からコトバははじまっているという初期的事実から、短詩を書かなければ、人真似だけがあって、時代の希望・願望にならない関係がある。

現代はグローバルな、人間としてまず目覚めなければならない。
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