前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

親子連れが下りて来る雲に打たれる顔

T6作

石鎚登山と前書きのある作品だ。
碧梧桐は石鎚山には三度登攀している。

七月一日が山開きの当日で、麓の神体仏体がそれぞれ絶頂に安置せられ、十日間のお祭りをするのである。
その夜成就一泊、武智宮司の歓待を受け、なお止まぬ雨中を二日下山した。
山開きにはよく雨が降る。これを石鎚の大糞流しと言うそうな。
我らもまた大糞なみに押し流されてしまったのだ。
(碧梧桐『山を水を人を』)

碧梧桐は詩もまた時代とともに、大糞並みに流されるものと承知していたと言えよう。
芭蕉の言う、

きのうの我に飽くべし(『俳諧無間関』)
古人の跡をもとめず、古人の求めたる所を求めよ(『韻塞』)

があった。
「新傾向」から「自由律」へ、この作品以降「ルビ俳詩」への変遷をみせるが、書く詩がすでにありきたりなもの、人に刺激を与えないものとなっていることである。
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。