前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

第38回小金井なかよし市民まつりに参加します

2009nakayosi.jpg

第38回 小金井なかよし市民まつり

★朗読
10月2日(土) 11:45-12:05
「詩の吟詠&尺八」
*自由詩の朗読と尺八のコラボレーション

場所:第一小学校 体育館
行き方:武蔵小金井駅南口CoCoバス中町循環、
バス停「市立図書館前」下車徒歩1分
本町1-1-6

★書道
10月22日(金) 13:00-17:00
10月23日(土) 10:00-17:00
場所:前原集会施設
前原町3-33-27(市役所本庁舎南)
*「短詩人連盟」名義で展示されます。

tizu.jpg

スポンサーサイト

PageTop

合唱するポエムと尺八 第二回:尾崎放哉

untitled.jpg

放哉の句について来空の一言。

海がよく凪いで居る村の呉服屋
  ・・・時代としては上手にまとまってる。
あすのお天気をしやべる雀等と掃いている
  ・・・どうでもいい風景も日本語の詩として成り立つ。
まつかさそっくり火になった
  ・・・従来の書き方ではなく短く成り立つ。キレイだろうな?と思いますね。
口あけぬ蜆死んでゐる
  ・・・当たり前だけれども「お?そうか」となる。短律の良さ。

 <最後の手記より>
どっさり春の終りの雪ふり
肉がやせてくる太い骨である
一つの湯呑みを置いてむせている
春の山のうしろから烟りが出だした
  ・・・こう言いながら死んでいったんですね、人間の想いっていうのがよくわかる。


来空「山頭火・放哉は日本人の美意識。
日本の文学は無・空・間の部分が特徴的。短いほど無の部分が多い。
ヨーロッパのように絶え間なく言うのではなく、枠を決めて収めていくという島国根性。
取り込みながら断念する、そういう詩の作り方。日本という一つの精神状態。
短歌が並んだ長詩、それの、最後の締めの部分だけで面白いと言い出す人達がいる。
日本人が詩を作るということは、日本の知恵、民族の知恵。
そしてそれは短くなっても構造的である。」

★尾崎放哉の句を朗読(尺八の曲は「虚空鈴慕(こくうれいぼ)」)you tubeアップ準備中です
「地球から宇宙へ発しているものの中に尺八がある。笛は原始的。呼吸。」

来空「言葉というのは時代と共に生きていく。
ポエム(韻文)・・・表面の道具としての言葉じゃなくて、いろんなものがそこに込められている。
受け入れられなくても平気。自分は言いたいことを言ってるから。
こう生きて行きたいよ?という願望みたいなものが詩形を作っている。
短詩のどこが輝きでどこが光であったか?どうして短律になってきたのか?
空はどこまで行っても何もない。
形ある世界に、どっかで裏返ってほしい、という気持を込めて。」


以下は、第一回、第二回共通のレジュメ内容です↓


日本語の特質・構造等

「八百万の神います」
目に見えないもの、明らかでないもの、不思議なもの、魑魅魍魎を認める世界観。そして日本語の五十音、一語(一音)はそれぞれ独立しその中に多くの意味を含んでいる。すべての存在は等価であるという思想。

膠着語・・・
一語一語(一音一音)が自由にくっつく、これは又自由に離れることも意味する。どこまでも長くなるし、短くもなる。

等時拍・・・
心臓音、かしわ手(有音拍+無音拍)に基づく。二音、三音、四音とつながってリズムができる。三三七拍子(和歌短歌の世界・讃歌)、三三三一拍子(俳句の世界・断念)は典型化されたリズム。(三三一拍子の「一」で断念“。そうじゃないんだよ?”)

文字・・・
漢字、国字、ひらがな、カタカナを持ち、外来語なども組み合わせ、自在に造語したり、きわめて多様かつ微細な表現が可能である。

詩は 

「詩は遊びである。それは真面目の彼岸に立っている」 ホイジンハ(ホイジンガ)
遊びには恍惚と不安の両面がある。遊びには危険というものがはじめから含まれている。
ここは絶対安全だ、という所では遊べないのが遊びの本質であり、詩の本質であるといえる。

ことばに於いて遊ぶ

ことばを意味だけで捉えるのではなく、ことばからできるだけ意味を削ぎ落として、ことばそのものに忠実になる、そうしたときにかえってことばとことばがくっついてくる、声調が出てくることに気づく、つまり詩に気づく。ことばは自己を越えたもの、他者であってそのことば達に自分が出会っていく。ことばを発見していくということは自分自身を発見すること、それを発見にとどまらせず、一つの文体にしていく時、詩がある。つまり一つの認識の体系が現れてくる。

詩は、伝統、古い価値、定まった美意識等と、現実、時代の俗等との境界の葛藤から、よりよく生きる行為を求めてゆくもの。自己の生き方(声調)が、作品の文体として現われる。

詩のことば、散文に対する韻文は、散文では説明できないものを表わす。散文の明示性に対し含意性をもつ。散文は一本の糸状に言葉を並べたもの、韻文はその糸を切りながら(空間を設けながら)繋いだもの。

PageTop

2010.8

tw5.jpg

次回のリトルポエム
9月18日(土)12:00?15:00
都営小金井前原三丁目アパート集会室
地図→ 
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&q=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B0%8F%E9%87%91%E4%BA%95%E5%B8%82%E5%89%8D%E5%8E%9F%E7%94%BA3-7-7&rlz=1R2GGLL_ja&um=1&ie=UTF-8&hq=&hnear=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B0%8F%E9%87%91%E4%BA%95%E5%B8%82%E5%89%8D%E5%8E%9F%E7%94%BA%EF%BC%93%E4%B8%81%E7%9B%AE%EF%BC%97%E2%88%92%EF%BC%97&gl=jp&ei=KNE6TPmTD8qTkAXEoZjKAw&sa=X&oi=geocode_result&ct=image&resnum=1&ved=0CBcQ8gEwAA

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●8月の作品来空評(2010年8月28日)

○題:ねむい

・眠らずこころ、唄うわ覚めて。  (歩奥)

 「ろ」はない方が心が出る。
 眠らないスレスレのところうたってる。
 覚めて唄ってるなんてね、いいね?


・明日仕事、眠。  (歩奥)

 眠ることが仕事なんてのは面白いな?
 「ねむい仕事もあるのよね?」なんてしちゃってもいいかも。
 「明日」がやっぱり常識的。


・覚醒ねむ、ねむい覚醒実のところ。  (歩奥)

 もうちょっと省略してね。「ねむい覚醒」っていうのは新しい発見があると思うんでね。
 「実のところ」とは言わなくても「実」なんだよね?
 例えば「ねむい覚醒、覚醒のねむ」とか、ちょっとやり直してごらん。


・歩奥ねむねむきはがす退屈  (歩奥)

 おうおう。おれは「歩奥ねむねむきはがす」これだけでいいなあ!
 いいじゃな?い。「歩奥ね、ねむきはがす」でもいいね。


・なつくさがねむい水姫 (桂久爾)

 元:・樹陰水姫・・・イメージはあるけど動かない。
    ・なつくさがねむいだけ・・・「だけ」がつまらない。
 このニ句はこのままではちょっとムリ。二つを合わせる。


・こかげでゆめのネム  (桂久爾)

・しゃむねむりむねむやし <回文> (豆丹)

 これなんかは自分のわからんとこまで行っちゃえーってところがあって、面白いよ。
 わからんって言われても、自分の中から消さないで。


・なつなつよゆめゼリー  (豆丹)

 元:なつなつ ゆめゼリー
 これもいいじゃな?い。もうちょっとパチッとでてきてもいいけど。
 助言とか言葉を入れてかないと意味に流れてく。
 「夏」「夢」「ゼリー」という単語がそうしてる。このまま放り出した方がかえっていい。
 「ねむい」が入っても面白いかな。
 昔よくやったのは、「よ」「だ」「だよ」とか力のない言葉をつけること。
 「なつなつ夢ゼリーだよ」「なつなつよゆめゼリー」


・眠いな、犬いないむね <回文> (来空)

 この世界も眠いな?と思うね。

・ねむいな、猫こねない宗 <回文> (来空)

 「宗」には宗教も入ってる。

・ネーム否ケバガバケないむね <回文> (来空)

来空「今回「ねむい」という言葉にとても興味が出た。」

○題:せみ

・ぎゃーすからーげ、せみんみん  (歩奥)

・せみエコーこえみせ <回文> (来空)

・先生ゼイゼイセミナールココ  (桂久爾)

・かわのぼりへびおよぐ  (桂久爾)

 元:かわのぼりへびおよぐ
 「を」は「へび」を使って効果出る場合もあるけど、取っちゃったほうがい。
 
 蛇の名前が「かわのぼり」みたいでね。
 コレ案外うたわれてないんだよね。「かわのぼり」っちゅー言葉の使い方がね。
 川を蛇の姿のように見るのが面白い。


・じぶんにんげんふぐり  (豆丹)

 すごい句になりそうに思う。すごいところを含んでる。
 人間をちゃかす、ひやかす言葉ないかな。「人間」がもっとどかーんと来たらすごい。
 「じぶんにんげん」だと当たり前、観念的、詩にならない。びっくりする言葉があればいい。
 自分が人間をどう見てるかを「にんげん」の代わりに入れる。
 例えば「じぶんガイコツふぐり」「じぶんポパイふぐり」
 俺だったら「ぼく、ポパイ。ぼくポパイのふぐり」なんて作っちゃうだろうなあ。


・むせゆりすべりかえる  (豆丹)

 元:むせかえる ゆりすべり
 この句ももっと面白くなる。入れ替えてみる。


・コンナニハダカデ宙ニイタ  (うるか)

 ほ??面白いじゃない。
 結構でございます!


・けっこうけっこん河童沼  (うるか)

 河童沼という繋がりちょっと変えた方がいいかな、沼の位置だな。
 「けっこうけっこん沼河童」とか。
 「けっこうけっこん」をもっとバーンと生かせるやり方あるかもしれん。
 この人のように自分の世界でどんどん書いてください!

PageTop

合唱するポエムと尺八 第一回:山頭火

1006 536-m

来空 「種田山頭火は、酒屋の息子だったのが、つぶれてルンペンになった。
仏教の真似してお金をせびった。死ぬまでルンペンだった。そういう状況も肯定している。
言葉が「自然」と一体化していく。自然を愛していく。
自然に親しんだ作品が山頭火を通して光ってる。
真似するだけでは何も出てこない。ルンペンをやったからできた詩。」

菖童 「放浪の旅の中で山頭火と虚無僧尺八は同じ美学。
琴古流の流祖である黒沢琴古(1700年代)は旅から旅へ歩きながら吹いた。
奥の細道に通じるものがある。
虚無僧尺八は吟遊詩人のよう。
尺八は言葉になる前の言葉。
本局は、尺八吹きでも吹かなくなってきている。
私の中ではこれは詩だと思っている。」

1006 520-m

1006 523-m 1006 522-m 1006 521-m
句:山頭火 書:國分絮虹

★演奏風景(you tubeに飛びます↓)

種田山頭火の句を朗読(尺八は瀧落曲(たきおちのきょく))
http://www.youtube.com/watch?v=pmQUSC934AA&feature=channel
尺八独奏
http://www.youtube.com/watch?v=NgZHef1T5UQ&feature=channel
http://www.youtube.com/watch?v=2dSx-A9Y2Ms&feature=channel

来空「心臓・・・古い血が新しい血に生き返る。ポエムも同じ。
日本語を使っている限り、何かをしゃべればそれがポエムになる。」
「山頭火や放哉は即時的。その10年前にすでにあった碧梧桐の短律は、構造的に現代を理解している。例えば「咳をさせまいとするかいがあった」などは、前者のように素直にそのものを描写したわけではない。」

1006 508-m 1006 507-m
句・書:来空

来空十代の作品朗読
http://www.youtube.com/watch?v=hNAwfZEbjfY

「最近の僕の回文「だきつつきだ」。
世界と抱き合ってきたなあ、世界を抱きつつここまできたなあという感激。
筒を抱いたでもいいんです。
良い悪いは関係ない、そう叫びたかった。」

1006 517-m
当日飾られた来空作品の一部

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。