前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

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綿の木にしぐれかけたり嫁そしり

M38

ぎくしゃくした嫁姑の関係はわれわれ人間には切り離せないもののようだ。

 嫁をそしった姑(人間)が綿の木(綿畑)に時雨を掛けた

ここは、このように散文に書き換えていいような私小説的な発想があるのではないか。そこには碧梧桐が提唱した、

昔―{避社会的 個性没却}
共通―{超脱趣味 写生}
今―{接社会的 個性趣味}

における、俗的に時代にかかわる、実作的試行をみることができるだろう。

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鳴滝や植木が中の蕃椒

M38

この句「鳴滝」は京都の名所の地名で、北山のその渓谷地は、植木が多く、唐辛子も植えられている風景に他ならないが、散文では、

 鳴滝は植木の中に唐辛子見える名所だよ

としようか。しかし、植木の中の唐辛子の赤さが新鮮なように、都の風物詩としてはすぐれた名作だろう。滝が鳴るような渓流を持つ鳴滝は、流れる水音が滝のように聞えているとも。コトバ「鳴滝」が、「鳴滝」を目立つものともしている。

俳句という短詩を日本の風物詩として定着させたのは、明治30年代にあったこうした作風の貢献であったのでは―。

なお、明治38年発表したこの作品、4年前には枯れ木としてある。枯れ木を植木に添削した碧梧桐に、鋭い才能を感じる。

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谷深うまこと一人や漆掻き

M38

私が碧梧桐の漆掻きを読んだ時、昭和の俳句を眼前に見たような錯覚があった。もっとも当時の俳句定型(昭和30年頃はだらけきっていて、碧梧桐に及ぶものではなかった。実は私も、五七五を書いてみたが、アホな大人のすることかと思った。)その虚偽的な不誠実さがどうしようもないものだった。吉本は五七五、七七そのものが意味であり価値と言ったがリズム五七五も、そのしらべのみ価値があると言い換えていいのだ。リズムをもたらした必然はあるとしても、それを必要とする内的、現実的充実がないのである。
碧梧桐は明治38年頃にいったんリズムを格調的に高めながらも、散文的発想、自由律といわれた傾向になるが、ここに、作家的な葛藤をみることできよう。

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クウをはさむかに死にをるやクモのミね

M39

この作品、実は入道雲が二つ、むくむく噴き出した景色だろうか。入道雲は輝く二つの鋏。そこでソラ(クウ)をハサンでいるという凄い風景になった。
死んでおる、というのは、二つの入道雲がやがて重なって、雨雲になり、今にも豪雨が襲おうとする景色。
コトバを重層させる、それはコトバがもつ明示性・含意性の問題、一方を散文に傾かせるけれども、いま一方韻文にもかかわるのが、人間に他ならないのだ。
人間の意志とか、情念とか、思想とかいったものは、必然的に自然に混沌にかかわり、魑魅魍魎にもかかわる。
詩の模様は人間の模様――。


*空をはさむ蟹死にをるや雲の峰
http://pirkashow.blog63.fc2.com/blog-entry-55.html
*空をはさむかに死にをるや雲の峰
http://pirkashow.blog63.fc2.com/blog-entry-57.html

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空をはさむかに死にをるや雲の峰

M39

空(そら)か空(くう)かをハサンだという把握が、切れ字「や」でいったん、その関係をとらえながら、ソラかカラッポかの、そのどちらでも差し支えないといった声調で、最終的には、雲の峰を据えたとも言えよう。

│―3―│―3―│―――7―――│
│そらを│はさむ│かにしにをるや│

その四拍子は、三三七拍子にも読める力が働くが、等時拍リズムは、読む時間を均しい時間で読む習慣(キマリ)だから

│―――8――――│―――8――――│
│そらをはさむかに│しにをるや○○○│

とも働いている。蟹がハサンだものは「雲の峰」だという働きもともなうもの。
コトバは膠着語だから、どのコトバともくっつきながら、声調とともに意味をも自由に変革するものととらえることが大切。


*空をはさむ蟹死にをるや雲の峰
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*クウをはさむかに死にをるやクモのミね
http://pirkashow.blog63.fc2.com/blog-entry-58.html

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蝦夷に渡る蝦夷山も亦た焼くる夜に

M40

北海道といわずに蝦夷といったというところに独自の味わい。アイヌが群れをなし、山野が原始のすがたを保ったころのイメージを思い浮かばせる。(中島斌雄)

渡道という昂ぶりが山焼く火という好素材を得て、まことによく出ている。当時の北海道は今日と比ぶべくもなく、はるけきものと思われたことだろう。しかもさいはての根室までの旅だ。蝦夷の空を真赤に染めた山を焼く火が感動の中に劇的にとらえられ、1句の音調の弾みとなって脈打っている。(大野林火)

碧梧桐は微細小局の写生句のみでなく、こうした壮大雄渾な浪漫的な句もよんだのである。(阿部喜三男)

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空をはさむ蟹死にをるや雲の峰

M39

蟹が大きな鋏で空をはさんでいる、という絵画性が驚きだ。
そのリズム(実感、肉感)はむしろ、芭蕉が談林過程でよく見せたリズムといえようか。

│2  │2 │
│ソラ│を○│(4)

等時拍で上五「そらをはさむ」を読む時、

│4     │4     │4     │
│はさむ○│カニしに│をるや○│

その四拍子でつなぐリズムが、「や」という小休止をおいて、下五「くものみね」を別の関係にする。つまり、

│4     │4    │
│クモの○│ミネ○○│

と、コトバ「雲の峰」をつよく提示する。それはリズムで読む時に、内容とか意味を変貌させる要素となったといっていいもの。

*雲の峰は積乱雲、入道雲と等しい雲の状況のこと。


*空をはさむかに死にをるや雲の峰
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*クウをはさむかに死にをるやクモのミね
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短夜や町を砲車の過ぐる音

M31

「発句」から「競り吟」、「十句集」と作風変化を見せていたが、ここに子規の日清戦争従軍、碧梧桐の日露戦争従軍の失敗があったのを記憶しておきたい。たしかに一つの必然、新聞記者の目の中に当時の状況がタルくてニブい音とともに刻印されている。

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掛乞や西陣に金なかりけり

M34

碧梧桐のリズム踏襲、その五七五もまた当然の帰結であったけれども、碧梧桐を囲む経済状況には大変動があったとしなければならない。

明治二十七年 清国と戦争 二十八年講和条約
明治三十七年 日露開戦  三十八年講和条約

日本が辿った資本主義展開には、軍国主義とともに市況変化があげられるが、それは人間の利益があったものに他ならない。
絢爛とした西陣織で有名な京都西陣地区の混迷は、その織物のように、かっちりと織りこまれたもの。絢爛と金が無かった意外性が際立っている。

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