前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

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寒稽古子弟の骨を鍛ひけり

M40

寒稽古の声が聞える。子弟の骨を鍛錬しているのだろう。
この何でもない叙述も、イキイキとした現実を伝える。

作品は、この何でもない現実が基底に置かれている。三三七拍子の前半から、本音として出す必然性も、ありふれた一つの表現として示している。
俳句は単に諷詠や写生にのみかかわったものではなく、教訓さえも示す。詩とは事象すべてにかかわっているのだろう。

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軒落ちし雪窮巷を塞ぎけり

M38

漢語調は、碧梧桐に多く見られる。「窮巷」は「陋巷」と同じで狭い路地。三尺の露地をはさんでいる裏店の貧しい家々がそこに並んでいる。「陋巷」よりも「窮巷」の方が、一層貧のきびしさをつよく感ずるのは、切迫の語感のためか。軒からずり落ちた雪が、せまい路地を塞ぎ、人々を閉じこめたかなしさ、語感の巧みに利用された句。(阿部喜三男)

漢語調は談林時代の芭蕉にも多く見られたが、四拍子がくりかえされたように、漢字もイメージとして試みられていた。詩形は、真似ることでなく試みることで確かめられるもの。

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物捨てに出でゝ干潟の寒さかな

M38

ふと物を捨てに出ると、干潟はもう冬で、ひたひたと寒さが追って来た。碧梧桐らしく、初冬の季節感を鋭くとらえ、その実感を巧みに表現している。短詩形には複雑な事情・感情・思想などをよみ込むのに限度があるが、表現技法によっては、かなり複雑な、しかも生き生きとした実情をよみ込むことが出来る。碧梧桐がのちに俳句の定型や季題を乗り越えて、新しい俳句を求めたのには、こうした俳句技法の行き尽したという念が、その主なる因。(阿部喜三男)

碧梧桐はこの鎌倉行の後、三年七ヶ月にわたる紀行「三千里」にかかわった。

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元日の袴脱ぎ捨て遊びけり

M34

男性なら誰でも体験したことではなかったか、元日の挨拶回りの礼装を脱ぎ捨てるところに喜びもあった。この言い放つよろこびがリズム。

がんじつの はかまぬぎすて
はかまぬぎすて あそびけり

の、二章的な働き方が、問答体をとどめている。重層させることで、よろこびを葛藤体として示したのだ。
五七五は、五七と七五との二重構造、四拍子としては、十二拍の二重構造二十四拍を示しているというほかはない。
芭蕉が作り出した文体の道程、それは心的過程を論理的にもあらわしたものである。

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炉を開いて灰つめたく火の消えんとす

M29

年を越した古い灰は土のやうに固く冷えきってゐて、置かれた紅い火の玉は、間もなく其侭、光らなくなり、暗くなり、消えていこうとする。やや誇張して言へば、熱火と冷灰の一種の斗爭―それと一つになって通ふ作者の気魄のやうなのが、此句の根本の気息をなして居る(中村草田男)

日本語のリズム(等時拍)は、一、二、四、八というリズムをとるほか手段はないが、二音の成立から考えるとき、四拍子がどうかかわるか、ということも重要である。

←2→│ ←4→│
 ろを│ひらいて│
 はい│つめたく│
 ひの│きえんと│す

和歌のリズムにどう俳諧がかかわるか、の体験に、気魄とか、気息もあったとしなければならないのだ。

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大名の炉開き歌に似たりけり

M27

大名の炉開に似ている和歌というのは、当然ながら変化なく継承された短歌もふくまれている。大名は今ないのだから、その場で開いた炉開きは、人々に情緒として存在するとしても、死語化したものと考える方が正しいだろう。
この作品、実は私が少年時代に読んで、大笑いした作品なのだ。
正岡子規は「三たび歌よみに与ふる書」(M31)で、

歌よみの如く馬鹿なのんきなものはまたと無き候。歌よみは歌より外のものは何も知らぬ故に、歌が一番善きやうに自惚候。

と書いている。歌人は見せかけだけを重視した馬鹿者達。死語をもちいて、その見えてない人を大馬鹿者と否定したのである。
詩は、時代時代の表現としてある。グローバル化しつつある時代であるなら、この事実を、この作品のように深く問いただす方が必然―。

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菊がだるいと言った堪へられないと言った

T7

永田耕衣は「碧のアニミズムなど」で、この作品をとりあげている。

明治から大正にかけての俳壇において、一代の伊達者であった河東碧梧桐に、(このように)詠わしめた所以を、単にアニミズムへのあまえなどと軽視してはよくあるまい。今日も庶民中心の俳句芸術、それにたずさわる俳人たちの「人間」が、革めて斯くもあるべき「物心一如」「自他一如」の心位に、努力修練して立ち還えらねば、俳句は面白くなくなるであろう。碧梧桐のこの一句如きは、そのことへの再啓蒙として有益な韻をもつ。

従来の碧梧桐評の中で、誰も触れなかったすぐれた鑑賞。このアニミズムは、原始人、未開人、古代人にとってきわめて自然な思惟方式である。無生物や自然現象に生きた魂をみた、ということはもっとも注目すべき部分ではないか。

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橇にのる靴をうちつけて音の二度まで

S2

自由律からルビ短詩に向う過程として、音をきく感覚も研ぎ澄まされていたようである。
雪原を走らす馬橇は手綱で合図するのであったが、男は靴で橇を打つのだ。その靴音が「カツ・カツ」と二度響くという。「音の二度まで」というコトバが、実に効果的だ。出発と進行が明確化している。
読者の脳裏には、金属音のようにひびく靴音だけが残るだろう。

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萩咲く原水踏むまで行く

T5

少年時代の私を長い時間立ち止まらせた作品。幾度読み返したことだろうか。

←2→│←2→│←2→│←2→│←2→│←2→│←2→
はぎ  │さく │はら  │みず  │ふむ │まで  │ゆく

と読めることは、日本語(膠着音)の一音リズム(雨垂れの音、心臓の脈拍音)が、このように二音リズムとなる、という決まりをわからせて呉れたのだった。等時拍音形式は、二音リズムとなり、そうして三音リズムとなる。いや、等時拍だからこそそうならざるを得ないというリズム規範を、私に素直に、真っ直ぐに教示してくれた作品なのだ。

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一鎌二鎌は道のべの枝おちたぎつ水に

S3

碧梧桐の内部に「万葉集」以降の日本詩歌は、どのような形で蓄積されたのだろうか。
山野での人々の生活は、一鎌二鎌で枝を切り落とすことにはじまったと、その景色を具体的に目の前においている。その落とされた枝は、たぎっているような谷川におちるが、そのたぎって輝いている水は、昔さながら音たてて流れている水という感慨。
碧梧桐の現実は、自然とそれに育まれた意思の問題として、かわらずにあるということだったろう。

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蚤よけ袋朝振ふ皆縁側に立ち

T6

「鮮満巡遊」(T6)「支那旅行」(T7)などで、異国の風俗もまた充分に描かれている。
蚤とる袋も、当時日本に伝習されていたが、朝を迎えた縁側に立って人々は、その蚤袋を振っているというのだ。愉快な景色である。
碧梧桐の旅行記も作品も、そこに棲む人々の生活がリアルに描かれている。単に、それだけの情景描写ではない。異国にも同じ人間が棲んでいる必然こそ、碧梧桐をささえる使命感だったというべきだろう。

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夜の大通りに出て登山戻りの手荷物

T6

登山家としてさきがけた碧梧桐は、当然ながら登山句をはじめて書いた人でもあった。
登山戻りの手荷物を夜の大通りにあるかせる感慨が、とてもいい。
上下句の真ン中にある空間が深いのである。
│←11音→│←11音→│

他の登山家たちは、登山帰りの手荷物にこだわっていないが、碧梧桐は登山に際して必ず山岳図(当時案内図などなかった)を手書きしており、また、山の生活者との交遊も深めていた。碧梧桐は著名人をきらっていた。功績云々をしない人であった。

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雛市に紛れ入る着船の笛を空

T3

はじめておとずれた港町がものめずらしく、あちこちさまよい歩いている。そのうち賑やかな一角にぶつかった。見ると雛市が立っているのである。どんな具合だろうか、そう思って軽い気持ちで、その人のむれの中にまぎれこんだ。しかし雛市そのものは人出のわりにわびしいものであった。折しも港にはまた船が着いたらしく、合図の汽車がぼうぼうとこの雛市の空をもわたって行く。
それを耳にするにつけ、旅の心はいっそうかなしくなつかしくかきたてられるのである。(中島斌雄)

これも自由律ともいえる句調で、かつ五五五五の四辺型式であり、五五と五五の間に殊に休止があるが、雛市に(人々)紛れ入る(主人公)着船の(港町)笛を空(旅情)といったように、休止の中にも情景か流れて一句の詩情が点綴される。二十音になってもこれを俳句といいうるわけである。(阿部喜三男)

紛れて入りこむ笛を空に甦らすこの構図も、碧梧桐が少年時代からもっていた平衡感覚といえることを忘れてはならない。

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牡蠣飯冷えたりいつもの細君

T7
牡蠣飯は暖かいうちに食べなければ美味しくない。いつもの細君の不精で、せっかくの大好物の牡蠣飯も冷えてしまったのを食べさせられるのか、というのである。細君という語、他人事のように聞えるが、我が妻のことをこんな風にちょっと突き放して言ったところに、どうにもならない夫婦間のけんたいを諦観しているようなニュアンスがある。(伊沢元美)

これも「人間味の充実」中に、その味がにおう句としてあげられている。細君のそれが彷彿とするからだろう。(阿部喜三男)

阿部もこの句の8・8調をあげているが、

かきめしひえたり
いつものさいくん

という声調には、コトバ「細君」とともに、8・8調が一つの時代定義を見た面白さがあったようである。

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舞台を拭いてゐれば日が暮れる妻が呼び

T6

碧梧桐は能舞台を備えた家を借りて棲んだことがある。大正六年上根岸の根岸能会に所属、毎月演能を行い、ワキをつとめ、囃子方の太鼓を打っていた。
かつて「秋雨に四方の窓のぬれにけり」*1「鐘四つ四つに秋ハありにけり」*2を書いた四へのコダワリは、日本の音芸のサワリの意味があった。それでつよく能にかかわることにもなったのだ。
「謡初四拍手己に参りたる」*3
謡初も能芸の一つ。日本のリズムが四拍子から成ることを識った碧梧桐には、舞台を拭いて日々くらす日常もあったのである。

*1・・・http://pirkashow.blog63.fc2.com/blog-entry-29.html
*2・・・http://pirkashow.blog63.fc2.com/blog-entry-30.html
*3・・・http://pirkashow.blog63.fc2.com/blog-entry-31.html

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謡初四拍手己に参りたる

M36

十代後半から碧梧桐は能(宝生流)にかかわっていたが、当然ながら、謡そのものに四拍子を見出していた。
談林から蕉風に至る芭蕉のリズム変化が、三三七拍子と手打ちの手拍子との葛藤に他ならなかった事実を、碧梧桐は知っていたのだ。

○○○○○○○○(8)○○○○○○○○(8)○○○○○○○○(8)
             ○○○○○○○○(8)○○○○○○○○(8)

その三十六拍の和歌方式(並列)から、中八拍を重複(内包)する二重構造と把え、短詩は、表層二十四拍として成立する構造を見ている。

うたいぞめ│よんびょうしすでに│
      │よんびょうしすでに│まいりたる

碧梧桐に読めていた、初五・・・前提、中七・・・葛藤、下五・・・認識、とする心的構造が、以降の日本人には読めなかったことに注目しなければならない。

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鐘四つ四つに秋ハありにけり

M23

鐘は四つ打つ決まりはないから、その四つに秋を感覚するのは、コトバも四拍子としてあることの確認であったろう。
碧梧桐は少年時代から能の真似が上手だったが、能や謡にも、詩のリズムを感得したのではなかったか。この碧梧桐の生い立ちは、碧梧桐のかかわった日本短詩との宿命を感じさせてくれる。

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秋雨に四方の窓のぬれにけり

碧梧桐は明治二十三年に発句をはじめたが、当初から日本語のリズムが等時拍音形式にあることを感覚していたといえるようなのだ。
明りとりの窓が四方に連なっていて、その窓が濡れているというのは、かかわる詩がはじめから濡れているとする把握でもあったろう。
(次回、「鐘四つ」の詩に続く)

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唄をうたふ子うたはずにあれ一人になれば

S2年作

 唄をうたう子 (7音)

がいた。唄をいっしんに唄っているのだ。
しかしながら

 うたはずにあれ (7音)

唄っていない人であれ、唄わないでおれ。というのは、

 一人になれば (7音)

一人になった時の沈黙時間も貴重な時間というような碧梧桐の意思ではなかろうか。

子どもに教訓を垂れるようなことではない。詩を詠う自らへの問いかけ。そのリズム推移(7x3=21音)は自然に自己内問答として響きあっている。

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工事残務百舌鳥(もず)晴れに住みつくがごと

T2年作

百舌鳥の声が秋の晴天を招くように思われるのを「百舌鳥晴れ」といったのである。「工事残務」は工事のあとかたづけの仕事。長い工事が終わり、工事中のあわただしさ、やかましさと変わって、静けさがあたりを支配している。今日も百舌鳥がしきりに高鳴き、その響きに応じるように秋の空が晴れているが、その下で何人かの人が仕事をしている。残務整理であるからか、仕事ぶりはゆっくりしている。宿舎をながめても、あわただしさがなく、やがて冬が来るというのに落ちついた感じで、まるでそのまま永住するかのようである。(阿部喜三男)

当時、日本の詩歌には、作業の現場が詠われることはなかった。碧梧桐の試行によって常識が変わったことも書き落とせない事実と思われる。
声に出して朗々と読んでいいのだ。もし、何も伝わらない人がいたら、日本人じゃないのではないか。

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明日(また)雪になるや西空(そら)の星を見かけて出る

S11

ルビ俳句も、普通に昇華したようだ。
 またゆきになるや 8音 前提(起)
 そらのほしを   6音 葛藤(承・転)
 みかけてでる   6音 認識(結)
 (20音・24拍構造)
日本語は等時拍音形式だから、当然、奇数音はちょっとした鋭さをもつけれども、偶数音は、自然にとけ込むような安泰をかもしているといえようか。
この世界は、人を自然に属するものとして、すべてを書かなくてもいいことにするような面の表示とも。
いい悪いをいいようがない。自然そのものに浸るよろこびがある。「そら」が「西空」というのもいい、「星」はみまかった人達のイメージでもあるのだから。

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ラバ深みよる瀬の汐のド黒口に釣れて

S3

碧梧桐は釣りにはげむ釣人でもあった。作品も多く発表されたが、この句以後、作品にルビがつけられはじめたことに注目しておきたい。

火山桜島の周辺には溶岩(ラバ)が屹立した、深い溝のような海があり、その辺は波も立たず、数限りない魚が集まっている。晴れた日は海水もすきとおって見えるが、雲みかげになると紺碧も黒々とした水面になる。折しも上汐によせるド黒い海面からピチピチとした魚を釣り上げたのである。(阿部喜三男)

「ラバ深み」と説明して休止を置き「よる瀬の汐の」とその海瀬の活動的光景を、「の」を重ねて心の張りを表して、活動的感情語とし、ここに小休止を置いて、「ド黒口に釣れて」と釣り得た喜びを軽く結んだ。この場合の「の」の重ね方、「ド黒口」の独自な表現は、この雄大な光景の中に層一層と力強い特性を表し得て、いまだ誰もよくなし得なかったところを読み得ている。(風間直得)

このように、細かに解説された時代もあったのである。

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鵜の音雛(もろ)とも巣立つがもろ音(ね)

S11
碧梧桐のルビ付短詩の特長は、碧梧桐自身が時代化する大きな力、すべてを同じ方向に導く強い流れというものがあって、韻詩(韻律的短詩)も、その流れの中(『短詩研究』)と、昭和十年には書いているのだ。この作品の場合は、
うのね(3)もろとも(4)すだつが(4)もろね(3)
という韻律で読んで、その口を開き口を閉じる短章そのもののもつ響きが作品であるという主張といってもよいもの。
鵜の雛が、宇宙の音と共に育つということ。宇宙がはじまったものである以上、そこで巣立つものは、ただただ音と共に成長する。この碧梧桐の常識が、平成十九年に及んでも、まるで考察されていないのでは、短詩人、無惨なまでに無知蒙味―。

新年明けましておめでとうございます!
本年も「前頭芋ブログ」をよろしくお願い致します。


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