前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

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親子連れが下りて来る雲に打たれる顔

T6作

石鎚登山と前書きのある作品だ。
碧梧桐は石鎚山には三度登攀している。

七月一日が山開きの当日で、麓の神体仏体がそれぞれ絶頂に安置せられ、十日間のお祭りをするのである。
その夜成就一泊、武智宮司の歓待を受け、なお止まぬ雨中を二日下山した。
山開きにはよく雨が降る。これを石鎚の大糞流しと言うそうな。
我らもまた大糞なみに押し流されてしまったのだ。
(碧梧桐『山を水を人を』)

碧梧桐は詩もまた時代とともに、大糞並みに流されるものと承知していたと言えよう。
芭蕉の言う、

きのうの我に飽くべし(『俳諧無間関』)
古人の跡をもとめず、古人の求めたる所を求めよ(『韻塞』)

があった。
「新傾向」から「自由律」へ、この作品以降「ルビ俳詩」への変遷をみせるが、書く詩がすでにありきたりなもの、人に刺激を与えないものとなっていることである。

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氷に結んで花こそ咲にける

M23

花瓶とか、壷だか、筒だかに花が咲いていたが、ある時、その水が凍ってしまった。しかし、氷に結ばれたその花は、恋が咲いたようにキゼンと咲いている。
定型からはずれた碧梧桐作品も多いが、日常をコトバとともにあたらしい関係として、散文化を自己内葛藤として捉え直しているのだ。

*この、8・7・5音は芭蕉が談林時代に多く試みた音律。ここから5・7・5が導かれた。

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白足袋にいと薄き紺のゆかりかな 

M29年作

瑣事中の瑣事、小景にして画も写すこと能はず。俳句も亦今迄斯ばかりの小事を詠じたる事無し。(正岡子規)

着物か鼻緒の紺色が移ったのか、それでも白足袋の清潔感がそこなわれず、かえって一段とそれがきわだった。(中島斌雄)

細口袋と重ねて置かれていたので、その色がついたのか、この句の主人公を女とすると、ますますあわれ深く、艶な句、純主観ではなく唯美的な主観が秘められている。(伊沢元美)
 
このように、従来から碧梧桐の詩人的感覚は充分とられていた。

☆来空トークショーに関しては、9月7日をご覧ください!

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乳あらはに女房の単衣襟浅き

M29年作

女の半身像と見て可なり。是れ亦特殊の妙味あるに非ずして、普通の事を上手に写したるもの(正岡子規)

単なる写生以上の味も鑑賞できそうである。客観的、写実的な句技が、やがて自然主義的傾向などへ進展して行くべきものであった。(阿部喜三男)

日本は日清戦争が終った明治二十九年から、新聞、雑誌が俳句を掲載、短詩は近代を迎えていたその内容は、社会や風俗などを描写。当然時代的な現象、自然主義的傾向を帯びるものであった。

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来空トークショーのご案内

20060907214606.jpg

「日本語と前頭葉」
日時:2006年11月1日(水)
   午後7時より
   入場無料
会場:喫茶店「フロンティア」TEL:042-384-9659
   (JR中央線「武蔵小金井」駅南口より徒歩1分)
http://www.e-oyako.com/cgi/shopdb/shopdb.cgi?METHOD=show&ID=393
地図:http://koganei.info/show/eachShop.jsp?b=3&id=6&cat=rk01&no=631&c=hu

前頭葉は何故、人間に与えられたのか。そして、日本語とどう関係しているのか。
松尾芭蕉、河東碧梧桐研究の第一人者、詩人来空がその意味を解き明かします。
あなたは「前頭葉とコトバ」を考えたことがありますか?

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砂の中に海鼠の氷る小ささよ

M26年作

泳いでいるとも見たナマコが、現実には砂の中で氷っている。
なんという小さい命であったことか、この感慨も、オドロキとともに、素直に口をきるコトバとして出て来ている。
初期の碧梧桐には学ぶものとして、文語発想もあったけれども、時代の要請として口語発想も多々あったとしなければならない。
コトバは時代とともに動くものであって、当初から語形が与えられてあるとするのは、日本の奇妙キテレツな蒙昧を示している。

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あれなまこ游ぐ進むか退くか

あれ?なまこが泳いでいる!という驚き。
オドロキがオドロキのまゝ、コトバになるのが詩。
泳ぐなまこが進んでいるか、しりぞいてくるかよりも、動きそのものが興味。
「国境はない方がいい」と小学生時代に唱えた碧梧桐ものぞいている。

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白魚や海へさしくるみどり色

白魚が獲れている。
その海には、白魚とともにみどり色がさしこんで来た。
というヤセイ的にある感動!
ここには青年の遠くを見つめた眼の光がある。
なによりも、碧梧桐には自我をはぐくんで行く夢があったのだ。

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赤い椿白い椿と落ちにけり 

M29年作

子規から碧梧桐はよく爼上にあげられている。

空間極めて狭くして、いよいよ印象の明瞭なるを見る。之を小幅の油画に写しなば、只々地上に落ちたる白花の一団とを並べて画けば即ち足れり。蓋し此句を見て感ずる所、実に此だけに過ぎざるなり。
椿の樹か如何に繁茂如何なる形を成したるかまたその場所は庭園なるか、山路なるかの連想に就きては此句が毫も吾人に告ぐる所あらざるなり。吾人又此れ無きがために不満足を感せずして只々紅白二団の花を眼前に観るか如く感ずる処に満足するなり(正岡子規)

この句、碧梧桐の代表作となったが、碧梧桐は「違う色を一句の中で重ねてはらん」という決まりがあったのでこの句を書いたのだ。ムホン者は俳諧や結社から外されたのも事実と知らねばならない。

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はじめまして

20060903174355.jpg

明治の詩人河東碧梧桐(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E6%9D%B1%E7%A2%A7%E6%A2%A7%E6%A1%90)の句を、詩人来空(写真)の評とともに紹介していこうと思っています。

来空の仕事については↓
http://www002.upp.so-net.ne.jp/sohtensya/tanshijin.htm
http://www002.upp.so-net.ne.jp/sohtensya/raikuhbunkosyokai.htm

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