前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

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初雷のごろごろと二度鳴りしかな

M34

年初めに落ちた雷がごろごろ二度鳴ってるぜ。
というのは、散文的にもそのままとなるといえよう。
実はこのような表現も、あたらしい時代をむかえた時、その散文を書いたことが新鮮さを抱き込む手法でもあった経緯。
虚子が「現今の俳句界」(M36)の碧梧桐批判で、以降も有効に働いたものは、

「おとなしく、底光りのする句が乏しい。単純なる事棒の如き句、重々しき事石の如き句、無意味なる事水の如き句、ボーとした句、ヌーッとした句、ふぬけた句、まぬけた句を渇望する。」

とした指摘だ。虚子にそうした試みがあったわけではない。
詩的に現実的で、常に創造的であろうとした碧梧桐が実践の中で体験せざるをえないものであったのだ。
時代の新しい「俗」をむかえる必然が碧梧桐には生じていたのである。

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砲車過ぐる巷の塵や日の盛り

M36

すでに兵の遺骨が増える状況も、盛りとなったとしなければならないだろう。
巷は喧々轟々。人々は政治に煽られ軍国主義を自ら招き寄せていた。
碧梧桐は記者の目で客観的な考察を試み、アメリカの横暴を摘発する記事も見られている。

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日盛の漢(おとこ)の大道通りけり

M38

碧梧桐のこの頃の作品には、過去、現在、未来にかかわるコトバがいきいき脈打っていた。
「漢」は「男」の意味。自由律になってからは「男」に統一されている。「や」「かな」「けり」も、自由律になってからは殆ど使用されてない。という変化を見ながらも、落としてならないのは

日盛大道通りけり

接続詞「の」の問題。日本語の「の」を用いて切りなくつなぐことができる性質は、切れ字をもたらした反対概念であったのだ。
この作品、散文的に

日盛 男の大道 通った

としてみるなら、「の」の連続使用にリズム変化の賛否をみることが出来るだろう。

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春風や西鶴が行く女護島

一種の拡散化(散文化)にあった談林の中で芭蕉は韻文化側を選んだといえるが、散文化側、小説に向かった西鶴を碧梧桐は、

「西鶴が行ったのは、女ばかり棲んでいる島(女護島=幻想)。春風が今日も吹いてるわ」

的な感想文。それは批判的といえるけれども、否定的なインパクトではないようだ。女性を憧憬的にみる世界をも許容しながら、自らの態度、生活を見定めようとする自負もあった、としなければ。
むしろ私は、碧梧桐は、生涯、女護島的慈愛を信じ、そしてそこにも守護されてもいたと思える。

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萩咲く原水踏むまで行く

T5

少年時代の私を長い時間立ち止まらせた作品。幾度読み返したことだろうか。

←2→│←2→│←2→│←2→│←2→│←2→│←2→
はぎ  │さく │はら  │みず  │ふむ │まで  │ゆく

と読めることは、日本語(膠着音)の一音リズム(雨垂れの音、心臓の脈拍音)が、このように二音リズムとなる、という決まりをわからせて呉れたのだった。等時拍音形式は、二音リズムとなり、そうして三音リズムとなる。いや、等時拍だからこそそうならざるを得ないというリズム規範を、私に素直に、真っ直ぐに教示してくれた作品なのだ。

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