前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

寺大破炭割る音も聞えけり

M39

「大破」という漠語が「寺」にふさわしく、貧乏寺の気配をよく出している。「炭を割る音」も、大きくなくとも手荒なはげしい音、そのような荒れた寺に泊まった詠嘆が「聞えけり」にこめられている。(阿部喜三男)

「寺大破」と大上段に振りかざしておいて、「炭割る音」を聞かせ生活に近づけ、「も」で他の物音も思わせ、「聞えけり」と結んで、「寺大破」を具体的にする。その辺の呼吸を味わうべきで、一句の格調よく張っており相応じて、古くなりそうな材料をこれだけの句に仕立てたのは作者の心が張っているからだ。(中島斌雄)

古くさい句のように思われるが、どうしてなかなかの手だれで、素朴雄強、するどくきびしい。(滝井孝作)

「寺大破」が、新しい時代にとっても刺激的だった筈。この意外性が時代の表現となる関係こそ、忘れてならない手法。

スポンサーサイト

PageTop

屯して烟上げゝり菌山

M38

散文としては、

人が屯(たむろ)して火を焚いて煙上げてるここはキノコ山だよ

としておこうか。
この句の場合も、前半の三三七拍子的な一気に読めるリズムが、キノコ山をちょっとした驚きとして提出している。このように形が整って俳句は一つの格調、落ち着いた風貌をも伴うもの。
そして、以降の有季定型(昭和二年)などの、範疇の成立ともいえる。このことが、短詩の大きい視野を失う陥穽とも働いたことを見落としてはならない。
いつも人々は難解なものより、安易に浸りやすいものなのだ。

PageTop

谷深うまこと一人や漆掻き

M38

私が碧梧桐の漆掻きを読んだ時、昭和の俳句を眼前に見たような錯覚があった。もっとも当時の俳句定型(昭和30年頃はだらけきっていて、碧梧桐に及ぶものではなかった。実は私も、五七五を書いてみたが、アホな大人のすることかと思った。)その虚偽的な不誠実さがどうしようもないものだった。吉本は五七五、七七そのものが意味であり価値と言ったがリズム五七五も、そのしらべのみ価値があると言い換えていいのだ。リズムをもたらした必然はあるとしても、それを必要とする内的、現実的充実がないのである。
碧梧桐は明治38年頃にいったんリズムを格調的に高めながらも、散文的発想、自由律といわれた傾向になるが、ここに、作家的な葛藤をみることできよう。

PageTop

転結を置かぬ詩多し冬籠

M39

この句は、短歌の一方的、習慣的なリズムに転結を求められるもの・・・つまりは、三三七拍子から手締めの手拍子の断念に至らねばならない、作品は転結に篭らねばならない、という自覚でもあったのだろう。

PageTop

大名の炉開き歌に似たりけり

M27

大名の炉開に似ている和歌というのは、当然ながら変化なく継承された短歌もふくまれている。大名は今ないのだから、その場で開いた炉開きは、人々に情緒として存在するとしても、死語化したものと考える方が正しいだろう。
この作品、実は私が少年時代に読んで、大笑いした作品なのだ。
正岡子規は「三たび歌よみに与ふる書」(M31)で、

歌よみの如く馬鹿なのんきなものはまたと無き候。歌よみは歌より外のものは何も知らぬ故に、歌が一番善きやうに自惚候。

と書いている。歌人は見せかけだけを重視した馬鹿者達。死語をもちいて、その見えてない人を大馬鹿者と否定したのである。
詩は、時代時代の表現としてある。グローバル化しつつある時代であるなら、この事実を、この作品のように深く問いただす方が必然―。

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。