前頭芋

詩人・来空(らいくう)による、リトル・ポエムの世界

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

雀蛤となるべきちぎりもぎりかな

M34

「雀蛤となる」は初期の木の葉の茂りを「雀隠し」というように、茶褐色模様の類同性をさす俗語。
「ちぎり」はチギり、契り、「もぎり」はモギとることで契約、奪取といった意味も含みもつけれども、ここに客観的、状況的にとらえた社会があったともいえるのではないか。
碧梧桐の社会を見る目は確立していた。
おおまかにくみこんだ余裕が感じられる。

スポンサーサイト

PageTop

涼しさの波よるや我に母在ます

M30

「ひとり旅の記」は、殆どが風景嘱目(注意してみる)であったが、碧梧桐の失意の心情吐露も書きとめられていた。そして、その心情吐露は、以降すっかり影をひそめる。

同情に媚びる方法は、酩酊すれば見えないものであって、これを否定する、覚める時に見えてくるものがあるのだ。
ここに詩の劇的な構造があることを知らねばならないだろう。
碧梧桐の挫折は、碧梧桐の心境を深めるものであった。

PageTop

蝉涼し朴の広葉に風の吹く

M36

朴は山地に自生、五月頃枝頭に白色の大きな花を咲かせ、強い香気を放つ。蝉はやかましいが、山地の樹間に聞くと、その響きの中に静寂が感じられる。
それは朴の広い葉が風に吹かれて動いているのを見ているかんじ。へたな主観を加えず、しかも要領よく場面をきりとって情趣もよく伝わるように叙している。碧梧桐らしい巧みな句。(阿部喜三男)

碧梧桐の句の洗練な事は今更いうまでも無い。
近来の傾向は一層超絶的である。清新にして一点の塵気をとどめず。(坂本四方太)

といっているけれど、子規の写生は、よりよく継承されているのだ。

詩の教室
http://pirkashow.blog63.fc2.com/blog-entry-96.html

PageTop

死なさじな海鼠が生きてゐるやうに

M36


妻が、母の病篤き報であたふたと出立した時の碧梧桐の作品。散文的に書くなら

死なせたくないよ(死なさないよ)。ナマコが生きているように。

になるように、あるがままある述懐だろう。
この述懐を説明することはたいへんむつかしい。
「ナマコが生きているように」には、ナマコの死んでいるか生きているかわからない状況を表現しているといえるが、どちらでも生きている、あるいは、どのような死でも、生きているものと認めるような、精神状況の混沌が意味されているかも知れない。

短詩としてこの句が書けたことに、碧梧桐の生き方も告白されている。事実、生死を問わないような生き方が碧梧桐にはあった。

PageTop

里の犬上りて吠ゆる茶山かな

M39

碧梧桐が悩みを持ち始めたのは、

明治三十八、九年頃で、余り多きに過ぐる類句―ほぼ同じ程度の心境に立って、ほぼ同じ程度の文字の技巧に囚われたもの。(「二十年間の迷妄」)

にある。当時の作品は、

同一感激、同一興味、同一刺激の中をぐるぐるめぐりをして、永久の生命の生まれよう道理はない。(同)

ことにも気付いていたといえる。

自己表現の芸術の要諦に立って、我が個性を純化する要求に兆していた。一言にして言えば真を求める心。(同)

これは時代の俗(自由律)にかえる直前の作。碧梧桐が書いた詩には、従前的な美も、またしっかり把握されていたといえよう。里の犬という着想がよい。上って吠えているところが茶山なのもいい。日本の自然美が大きく、あたたかく認識されていたのである。

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。